人権擁護法案の裏
(百地教授の回答の後に)平沼:小島先生のご質問だが、実は二年半前、ご承知のように6回の会合で主催者が古賀誠君だったんだけど、一任を取り付けて部屋から出ていっちゃった。その過程において私は解放同盟の組坂委員長に会って、メシを食って会談しました。そうしたら、今まで擁護してもらってきた法律がなくなったから、その代わりが欲しいんだ(と言っていた)、これが本音なんですね。そして私は反対派でしたから、太田誠一代議士が調査会長になって、私のところにきた。私に何て言ったかというと、「同じ福岡県の同和の組坂氏に頼まれているんだ」と。ですから、第一にはそういう背景がある。私は(法案が)出てきたところのその原因として思っています。それから3条委員会というのは法務省が欲しいんですね。これはものすごく権力が強いわけで、これを自分のところにつくる。そうすると今は、役所は人減らしですね。ですから、法務省でやめた人たちの、給料はでないけども、はめ込むわけです。(人権擁護委員)6000人増やすわけですから、1万4000人から2万人に。ですから、そういうこともね、役所の権益として守るのではないか。これは確かめてみないとわかりませんが、そういう背景がどうやらあるような気が私はしている。
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真・保守政策研究会で平沼氏が明かした人権擁護法案の裏より引用
平沼元経産相が人権擁護法案がどんな経緯の法案かということをきわめて明確に話している。推進派の筆頭である古賀氏は福岡7区、調査会長の太田氏は福岡3区である。推進派の中心メンバーが福岡であるのは、何か理由があると思っていた皆さんも多いかも知れないが、バックには部落解放同盟の組坂繁之氏がいたわけである。書籍等で明らかにされていたことであるかもしれないが、メディアを通じてここまではっきりと書かれたことは非常に珍しい。この記事を書いてくれた阿比留瑠比さんに敬意を表したい。これだけの国家の一大事に城内実(きうちみのる)さんが国会にいないことが非常に残念でならない。
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| 政治
| 12:50
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| | 2008/02/18 14:25 | |