最近の高校生は、本当に大変だ。何故なら毎年総理大臣が代わり、覚えることが沢山あるからである。時事問題だったらどの程度の人が答えられるだろうか。防衛庁が省に昇格したときの総理大臣、国民投票法(日本国憲法の改正手続に関する法律)の制定の総理大臣を皆さんはお分かりになるであろうか。
正解はどちらも安倍総理の時に行われたもので、国の根幹をなす大きな法律が制定された。これほど大きな仕事をしたにも関わらず、安倍内閣の評価は極めて低い。当時、年金問題や大臣の不祥事などが発覚、さらには参議院選挙で歴史的大敗を決した。当時の与党自民党は37議席しか取れず、民主党は60議席と躍進した。
昨年行われた参議院選挙の民主党の獲得議席が44議席、自民党が51議席であったことからも当時の37議席という数字は、とんでもない結果であった。
果たして何故、自民党はここまで負けてしまったのであろうか、特別大きな失策はないと思うが、しいて言えば大臣野辞任が続いたことであろう。しかもその理由は、松岡農水大臣(当時)のなんとか還元水発言に始まり、バンソウコウで有名になった赤城農水大臣(当時)、遠藤大臣に関しては、なぜやめたのかすら記憶にない。
どれもこれもメディアのあまりにも酷いレッテルであった。赤城農水大臣(当時)は、バンソウコウを張って記者会見に挑んだところしどろもどろになり、結果辞任にまで至ってしまった。
このころからであろうか、あまりにも酷く露骨な上げ足を取ってメディアが政治家を非難するようになってしまったのは。与党が政治をしっかりと行い、野党が政治をしっかりとチェックする。その様子をしっかりとメディアには本質を伝えて頂きたい。
元自民党で現在は民主党という酷い裏切り者扱いの上、議席までなくしてしまった田村元参議院議員の
田村耕太郎の「坂の上に雲はない!」から下記を引用させていただく。
日本政治が機能しない根本原因は、年末に特別寄稿したとおり、統治機構に問題がある。国政選挙で3連勝しない限り、与党の政権運営は常に連立になる。その結果、少数政党に振り回され政策が妥協的になる。そして支持率は落ちる。そのたびに、首相を交代すべく、殆どの国民が参加できない超短期の政権与党党首選が行なわれる。争点不明のまま次期党首=新総理が選ばれる。新党首=新首相の力量はなってみないとわからない。議院内閣制の下では、総理は常に様々な利害を持つ議員から成る議会に振り回される。よって国益のための指導力を発揮できない。自分が権力者であることを棚に上げたメディアが「権力者の不幸は蜜の味」とばかりに恣意的な世論調査を徹底的に行い、国民にダメさを強調する。国民は自分が選んだ覚えがないから、すぐ政権を見放す。そして前回大勝した与党が、次は大敗する。この繰り返しである。
小選挙区は廃止せよ!矛盾だらけの二大政党が日本をおかしくするより引用
まさしくその通りの指摘である。2013年には、参議院選挙がおこなわれる。自民党が70議席を獲得するか民主党が77議席獲得できなければ、単独政党で参議院の過半数を制することはできず、必ず連立政権となる。少なくともこのねじれ現象は現状のままであれば3年後までは継続することになる。
大連立を期待する声は減ってきているのは事実であるし、本当に二大政党制が正しいのかどうか、はたまた死に票が多くなる小選挙区の制度、比例復活後に他党に移ることが可能な制度、一度落ちた人がゾンビのように復活する選挙制度など問題は山ほどあるが、最大の問題は、1年に一度必ず変わる総理大臣とそれ以上に変わる大臣の存在である。
民主党は政治主導を掲げているが、公務員制度改革担当と国家戦略担当は1年で4人交代している。どちらも民主党のマニフェストの目玉だったと思ったが経った3カ月そこそこで、どれだけの仕事が可能なのだろうか。前大臣が行っていた政策をひっくり返し、政策転換が行われるということも現場で行われている。そんな様子を日本の官僚はどのように思っているのであろうか。
公務員制度改革は、まったく進まず、国家戦略局に至っては未だに室のまま。果たしてこれで何処をどのように評価すればよいのか分からない。しかし、民主党自体の問題も当然あるが、省庁のトップである大臣の任期の短さに本質を見るように感じた。
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no hope
日本人には意思がない。
意思は、未来時制の内容である。
日本語には、時制がない。
日本語は、現実構文ばかりの言語である。
実況放送・現状報告の内容ばかりを伝えるための言語である。
現在は現実であり、未来は非現実である。
意思は未来のことであり、非現実のことである。
未来の内容を現実構文を使って表現すると、それはこの世の嘘・偽りとなる。
意思を日本語で表わす事は難しい。
意思のあるところに、方法はある。(Where there's a will, there's a way.)
意思を持たない人には、現実対応策はない。
無為無策でいれば、閉塞感に襲われる。
閉塞感は、諦観へと続く袋小路になっている。
この過程が、日本人の精神生活となっている。
カレル・ヴァン・ウォルフレン (Karel van Wolferen) は、<日本/権力構造の謎> (The Enigma of Japanese Power) の<日本語文庫新版への序文>の中で下記の段落のように述べています。
、、、、、日本の政治を語るうえで欠かせない表現の一つである「仕方がない」という言葉を放逐することに、本書がいささかなりとも役立てばと願っている。本書は、本当の意味での政治参加をさせまいとして日本に広く作用する力について詳述している。この力こそは、個々人の、市民になろうとする決意と、有効に機能する民主主義を守ろうという意志を弱めるものである。日本に作用するこの力は、独裁政権があってそこからくり出されてくるのではない。それは日本の社会環境のあらゆる場所から発現する。、、、、、この力こそが、多くの日本人が身をおく境遇に対して唯一、適当な対応は「仕方がない」とうけいれることだと思わせるのである。(引用終わり)
個人の意思の内容が、個人選びの判断基準になっていない。
指導者は、個人の意思の内容で選ばれた人物ではない。
だから、指導者に選ばれても、個人の意思に基づく指導性を発揮することができない。
このような状況下では、指導者の恣意的判断は避けられない。
指導者の意思決定が迅速でなくては、民は時間を浪費する。
指導者の恣意的判断では、民は大きな怪我をする。
意思がなければ議論にならぬ。恣意決定では周囲が承服しない。
これが、律儀な日本人全体の不甲斐なさである。
国のありようは、国民一人一人のありようで決まる。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
| noga | 2011/01/26 04:33 | URL | ≫ EDIT