20年後の死刑執行を考える!!
私は、政治ブログを書くまでは死刑執行について何の疑問も感じなかった。死刑と言う判決に対しても、執行に対しても特別の感情はなかった。私自身は、死刑と言う制度に対して反対ではない。かと言って積極的に賛成しているわけでもない。今まで死刑について考えることを避けて来たと言ったほうが正しいかもしれない。自分自身には特に関係ないことであろうから、その議論に対しても加わろうとは思わなかった。死刑制度の存続は、遺族のことを考えれば当然だと言う方の意見は否定できない。一方で、警察、検察、裁判所も間違いを起こすという冤罪の一面は否定できない。さらに言えれば、法の下のでの殺人を許してよいのかと言うのは、非常に疑問はある。様々なご意見を考慮しても私は、日本の死刑制度を否定することは出来ない。書き間違いではない。文章の論調は反対であるが、現在の法制度には賛成という二面性の文章は私の迷いを物語っているのかもしれない。
殺人を犯した場合、終身刑と死刑がある場合どちらが抑止力になるであろうか。もはや現状の日本では死刑になるために殺人を行うという人物が出てきているので抑止力も疑問が残る。私は単純に、遺族が自らの身内を殺害した人間がこの世にいると言うことが許せるかどうかという感情論でしかない。遺族が望むのであれば、死刑にしてもかまないのではないかと言う危険な論調かも知れないが、あえて書いておきたい。それくらい遺族の気持ちを大切にしたい。それくらい、遺族の思いは重いのではないだろうか。
どれだけ、不幸な生い立ちであろうとも、人を殺すと言う行為は許されるべきではないと思います。そして、その罰は、日本の最高刑を持って処罰するべきであると考えるのです。情状酌量の余地は必要かと思いますが、どんなことがあれ人の人生を奪ってよいものでしょうか。
疑わしきは、被告人の利益にと言う言葉も忘れることは出来ません。日本の場合は推定有罪と言う言葉の判決があるように思います。
秋葉原の事件と、今回の死刑執行は関係あるかと聞かれれば私はあると思っています。ある意味での見せしめと言う言葉が正しいでしょうか。そのような死刑執行は歓迎しませんが、模倣犯を起こす抑止力になるのであれば、必要なことなのかも知れません。
今回の内容は賛否あると思います。コメントは歓迎しますが、ここで皆様と議論するつもりは余りありません。様々な意見があってよいと思っています。人の意見を否定する行為は、自らの意見を否定されることと等価だと思います。皆様良く考えてコメントお願いします。
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| 政治
| 23:16
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ルクスさんのコメントについて
>遺族の意向がどうのとか言うやつって、間違いなく極端な無知でしょ。
この場で議論するつもりはありませんが、チョットだけ書きます。
私も含めて、国民の殆どが無知です。それは仕方がないことです。
>捜査当局はどんな端緒であれ犯罪の発生を知ったら、捜査開始していい。
どちらかというと逆のことを想定しています。
捜査当局は、捜査をしないでも構わないという考えもあります。被害者がどれだけ訴えても捜査してもらえないこともあります。
被害者を擁護して問題あるでしょうか。加害者を擁護するよりよほどマシだと思っています。
だからと言って死刑がどんどん増えればよいと言っているわけでは無いです。出来ればなくなって欲しいですが難しいでしょうね。
| 新三 | 2008/06/22 00:26 | URL |